校歌と寮歌

校歌(こうか) 
 校歌が制定されたのは、昭和13年のことである。それまで式歌として君が代斉唱、学校行事の際は応援歌のみが歌われたいたようである。時の校長工藤蔵之助は、作詞を旧制弘前高等学校(国立大学法人弘前大学の前身)教授彌富破摩雄氏に、作曲は東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)小松耕輔氏に依頼し校歌を作り県知事に申請している。
 一番から四番まで、夫々 位置、日課、使命、理想、と遠大な構想のもとに作詞されたこの校歌は、三農の歩んだ歴史と共に延々と受け継がれている。かつては二番と四番が歌われたと聞くが、現在行事や式典等では一番(位置)と三番(使命)が歌われることが多い。

作詞 彌富破摩雄
作曲 小松 耕輔

(位置)
太平洋を茜に染めて
登る朝日の直刺す所
希望漲る三本木が原を
占めて立ちたり我が学舎は

(日課)
入っては書に心を静め
教え意のままに知徳を研き
出でては土に親しみ集い
伸び行く命培い生す

(使命)
十和田の水の絶ゆる事なく
奥入瀬川のただ一筋に
国の瑞穂の其の名に負いて
拓き進は我等が使命

(理想)
天地と続く我が日本の
国の光は世界を照らす
いざや若人思いをこめて
学び励まむ皆諸共に


志岳寮々歌(しがくりょうりょうか) 
 昭和52年、時の校長井田健は、文部省指定農業自営者養成高等学校として寄宿舎指導をおこなう志岳寮にふさわしい寮の歌が必要と判断した。作詞は自分自身が行い、作曲は県立三本木高等学校の音楽科教諭である長谷川芳美氏に依頼し制定された。
 一年間の寮生活が農業自営者育成の原点になるように、寄宿舎生活を送る生徒の思いを十和田の四季に重ね、壮大な一年間として歌い上げたものである。目を閉じてこの歌を聞くと、ここ高清水の四季の変化が走馬燈のように頭の中をかけまわります。
 現在、入寮式や退寮式などで先輩から後輩へ歌い継がれており、退寮式では涙を誘う場面も少なくない。家族以上に濃密な1年間の寮生活はいつしか年代の垣根を越え同じ思いを共有することにもなる。それがいつしか寮の伝統となるとともに、寮の原点なのかもしれない。

作詞 井田 健
作曲 長谷川芳美


(一番:春)
春さみどりの におう里
甲田の峰の 山脈に
残雪白く 照りはえて
志岳の寮の若人が
久遠の理想たからかに
ああ 青春の夢おおし

(二番:夏)
夏浜なすの 咲ききそい
高清水台の原野にも
陽光さんと 輝いて
志岳の寮の若人が
明日の希望にもえるとき
ああ 青春のときたのし

(三番:秋・冬)
秋紅葉の 色さえて
冬峻烈の 寒風に
過ぎにし日々を想いつつ
志岳の寮の若人が
惜別の詩 うたうとき
ああ 青春のときかなし
ああ 青春のときかなし

 

 

文部科学省指定農業経営者育成高等学校

青森県立三本木農業高等学校